悲しい現実?行方不明者と自殺について

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悲しい現実?行方不明者と自殺について - 2015.03.04(水)

『行方不明者』と『自殺』とは、切っても切り離せない関係です。
どのような理由であれ、失踪する人物の多くは深い絶望を心に宿しています。

金銭的な問題に苦しんだり、人間関係に苦しんだり、病気や、家族や、仕事や、社会から逃げ出したくなり、自ら行方をくらませます。

その先に待っている結末の多くが『自殺』です。
特に年齢が上がれば上がるほど自殺率も高まって来るので、自殺は若年者よりも中高年のほうが注意が必要といえます。

死への旅

死を求めて行方をくらます人の多くは、かなり遠い地域まで移動します。
その傾向として多いのが、何故か『北』へと向かう事。

多くの自殺志願者が、東北や北海道を目指し、公共交通機関を乗り継いで一人で移動していきます。
この理由に関しては、なぜかはっきりとは解りません。

ただ、死を願う人間は必ずと言って良い程『清らかな自然の風景』を求めています。
人間が少なく、自然が多い場所で、穢れの無いというイメージが人を死へと誘うのか。北海道で失踪する人間ですら、なぜか北海道内を北へ北へと移動していくのですから不思議です。

また、『霊地』や『聖地』といった穢れの無い場所に向かう人も多いです。
代表的なものといえば、富士山麓の青木ヶ原樹海。

こうした自殺の名所とされる場所も、普通の人間からすれば恐ろしく感じますが、死に近い人間からすれば、まるで死ぬために用意された舞台。
こうした場所を求めて、日本各地の名所や霊地を観光旅行のように移動する失踪者も決して珍しくはありません。

遺書の無い自殺

かつて、多くの自殺者が自らの最後を告げるため、失踪の前に遺書を残したり、死に場所に遺書を残したりして、自らの死を告げる事が普通でした。

しかし、近年に入り、遺書も何も残さずに行方を眩ませ、そのご死体で発見される失踪者の数が増えてきています。

この理由は、徐々に人々の自殺に対する考え方が変わってきている事が原因だと言われていますが、この問題が最は行方不明者の捜索に大きな影響を与えています。

なぜなら、遺書が無い行方不明者は、その失踪が自殺を目的としているのから、第三者から見てまったく解らないからです。

これが解らないために、警察に届け出を出しても『ただの家出だろう』として処理されてしまう他、ご家族も『きっとすぐに帰ってくる』と思い込んでしまい、家出人の捜索を依頼するのは愚か、警察への届出すら行わない事もありえるからです。

しかし、こうした遺書の無い自殺は、今や行方不明者の殆どを占めているわけですから、決して遺書が無いからといってその失踪を軽んじてはいけません。

そのように失踪を軽んじたがあまり、大切な人を亡くしてしまった人は、未だその数を増やしているばかりです。

差し伸ばされなかった手

私が、初めて経験した行方調査の対象者は死体となって発見されました。

対象者はまだ未成年の女の子で、その子は北海道の深い雪の中で命を絶ったあと、春先になりようやく死体として発見されました。

検視の結果、遺体はすでに3カ月以上前のものであり、調査がはじまった時には、すでに彼女は死んでいた事がわかりました。

その時、今でも覚えているのが、
『なぜ誰も、この人に手を差し伸ばしてやらなかったのか』
という、やり場の無い怒りと、深い悲しみでした。

行方調査をしていれば、自然とその人物の足取りを追う事になりますが、その中には聞くに堪えない生活をしている人々も沢山います。

しかし、そんな彼らに対して差し伸ばされる手は多くありません。
中には誰かに手を差し伸ばしてもらい、新たな人生を歩み出したり、諭されて家に帰ったり、警察や我々探偵の手によって保護される人もいます。

しかし、そうではない人達は、そのまま家に戻って来る事はありません。
『遺体でも見つかって嬉しい』と、私が初めて担当した行方調査のご依頼人はおっしゃっていましたが、新人だった私はついに一言も言えず、ただ唇を噛み、黙って頭を下げる事しか出来ませんでした。

しかし、今でははっきりと言えます。

死体で見つかって良い行方不明者など、只の一人も居ません。

もしも、貴方の家族の誰かの行方がわかなくなったら、必死になって探してあげてください。
それこそが、行方不明者に対して『手を差し伸べる』という事の、本来の意味なのですから。