行方不明者捜索のために。知って得する特定失踪者とは?

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行方不明者捜索のために。知って得する特定失踪者とは? - 2015.03.12(木)

特定失踪者という言葉を聞いた事があるでしょうか?
日本における行方不明者の中でも、特に重要視されているこの行方不明者達について、今回は説明させて頂きたいと思います。

特定行方不明者と犯罪

特定行方不明者とは、またの名を特定失踪者といい、『北朝鮮に拉致された可能性の高い失踪者』の事を指し示す言葉です。
この言葉が生まれた背景には、日本における北朝鮮工作員の活動が深く関係しています。

北朝鮮による拉致は1970年代から80年代にかけて行われたとされるもので、多数の日本人が北朝鮮に連れていかれたという国際事件です。

事の発端は、1970年代からはじまった不自然な行方不明者の続出でした。
当初は国内の過激派や犯罪、もしくは宗教組織による拉致であると思われていましたが、後に北朝鮮からの亡命者による証言等から、拉致作戦の全容が明かされ事件は表面化。

2002年に行われた日朝首脳会談の際に、北朝鮮側がこの事実を認めたため、『拉致問題』として、各メディアが大きく取り上げはじめました。

この時、拉致被害者として認定されたのは17人。
うち、12名はすでに死亡しているとされたものの、その全容は未だ明らかにされていません。

主な拉致事件

『宇出津(うしつ)事件』

1977年9月19日。東京都三鷹市役所勤務の警備員であった久米裕(当時52歳)さんが、石川県宇出津海岸付近にて忽然の行方が解らなくなった事件。

この事件は、かつて拉致作戦に関わっていた在日朝鮮人・李秋吉が「45から50歳位の日本人男性を探せ」との指示を受けたのち、すでに知り合いであった久米さんを海岸へ連れ出した後、工作船で海岸に上陸した北朝鮮工作員達にその身柄を引き渡したと自らの犯行を認めています。

『少女拉致事案』

1977年11月15日、新潟県新潟市において、下校途中であった横田めぐみ(当時13歳)さんが、自宅付近にて失踪した事件です。
この事件を担当した新潟県警は、状況の不自然さから誘拐事件として公開捜査を行ったものの、すでにその時には出国した後であったため、なんの情報も得られませんでした。

その後、北朝鮮側は横田めぐみさんを正式に拉致被害者と認定。

めぐみさんは1986年に北朝鮮国内で結婚。1987年には一児をもうけるも、1994年になんらかの理由で入院し、その病院で自殺したとされています。

しかし、2004年に北朝鮮側が横田めぐみさんとして提出した遺骨は、DNA鑑定の結果偽物であった事がわかったため、いまだ生存している可能性があるとし、現在でも調査が続いています、

拉致の手口

北朝鮮がこうした拉致を行う際に、目撃者やこの作戦に関わった人間達により、以下のような手口で行われた事がわかっています。

・新潟県や福井など日本海沿岸や鹿児島県や東シナ海沿岸などから、工作船と呼ばれる密入国用の船舶を利用し、秘密裏に上陸。その後、付近を偶然通りがかった人間を数名で拉致し、そのまま船に乗せた。

・日本国内に潜入している工作員らが指令を受け、その指令に見合った人材を見つけ次第声をかけ、工作船の上陸場所まで誘導し、そのまま拉致する。

・「仕事の紹介をする」として、北朝鮮に誘い込んだのち、そのまま誘拐し、政府の監視下に置いてしまう。この時、入国手続きは本人が行ったものとされ、基本的には騙されてそのまま拉致されてしまう。

・工作員が日本沿岸で拉致などの工作活動を行うなか、それを目撃した人物まで拉致している。

・密入国後、工作員が国内で協力者を作り、継続して拉致を行い続けている。資金や物資を含む工作資金すらも国内で調達している可能性もあり、この工作員は数年から数十年間の間国内に潜伏し続けている物とされる。

特定失踪者を探し続ける人々

現在、この特定失踪者を探すため、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国教義界(通称『救う会』)と、そこから分離する形で作られた民間団体「特定失踪者問題調査会」が、特定失踪者の遺族らからの依頼を受け、この問題の調査を行い続けています。

『日本人特定失踪者同調査会』は、調査が進むたびに、可能性のある特定失踪者を発表しており、その数はなんと470人に及んでいます。

このように、行方不明者の中には、国際犯罪に巻き込まれた可能性のある人が今でも数多く存在する訳ですから、失踪した人物が事件に巻き込まれていない保障など、どこにも存在しないのです。