探偵社の依頼者の関係性の変化

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探偵社の依頼者の関係性の変化 - 2016.02.06(土)

探偵が『先生』と呼ばれていた時代があった?

実は昭和中期ごろまで、探偵業を営む人間は『先生』などと呼ばれて、結構威張り散らしていたと言われています。

ただ、この辺りの情報については詳しい話を聞ける人間はあまりいないので、あくまで個人的に見聞きした情報をもとに話を進めさせて頂きます。

まず、探偵業が設立された当初というのは、民間で探偵を養成できるだけの知識をもった民間人が殆どいませんでした。

そのため、探偵業を営む人間の多くは警察官や軍人など、尾行や張り込みなどの技術を持ち合わせていた人間たちが民間に流れて探偵業を開業していたことが大きく影響を及ぼしていたと推測されます。

また、当時は警察官や軍人というのは圧倒的な権力を持っていたため、退職したのちも権威を保ちたいという考えから、周りの人間に先生などという大層な名前を呼ばせていたことも考えられます。

調査技術を持つ人間が殆どいなかった

他にも当時の探偵が『先生』と言われていた理由は色々と考えられます。
まず考えられるのは、誰かを探したり、尾行、張り込みを行うという技術や知識が特別なものであったという事です。

確かに当時は現在よりも遥かに情報の流通が悪かったので、調査技術に関する技術も相当少なかったせいか、特殊な人間なら誰でもありがたがり、『先生』とよんでいた節があります。

権威こそが営業力となっていた

探偵に限らずとも、特殊な技術をもつ人間たちの営業スタイルとして当たり前だったのは、自らの権威を高めることで信用性を高めようとする、かなり原始的な方法でした。

いまではこんな手法は殆ど通じませんが、昔というのは今ほど情報のシェアが進んでいなかったので、単純に周りから『先生』と呼ばれていれば、なんだか凄い人なんだなということで、依頼も多く取れた事が考えられます。

これが現代の探偵でやっていたら、かなりシュールなものかもしれません。
今や先生という言葉にすら、もはや尊敬や権威なんてものは殆ど雇っていませんし、こんな言葉で騙されるような人間は殆どいなくなりました。

ほんとうに凄い人もいた?

ただし、昔の探偵の活躍ぶりを調べると、確かに『先生』と呼んで差し支えない人物もちらほらと出てきます。

例えば、実在した名探偵として名高い岩井三郎ですが、この人物は民間人でありながら、政府からの依頼を受けて巨額の汚職事件を解決していていたり、その弟子にあの江戸川乱歩がいたりなど、相当スケールの大きい活躍をしているため、日本探偵界の伝説の人物となっています。

このような活躍がある以上、探偵=なにか凄い人と思われてもおかしく無い状況が当時の日本に存在していた可能性が考えられます。

フィクションの影響

また、探偵業といえばフィクションの影響はやはり大きかったろうということは想像に難くありません。

例えば日本では明智小五郎などが名探偵として有名でしたが、その中でも助手の小林君は『明智先生』といって明智小五郎のことを読んでいます。

このような小説の影響によって、探偵のことを先生と呼ぶのが正しいという風潮が広まった事も考えられるかもしれません。

また、探偵社の数が当時は圧倒的に少なかったため、その業務がどんなものなのかも世間しられていなかった事から、フィクションのほうが有名であったというのは十分考えられるかもしれません。

まとめ

過去に探偵が『先生』と言われていた時代は確かに存在しましたが、それは一部の活躍した名探偵と、情報の流通の悪さ、またはフィクションからの影響が人々に大きな影響を与えていたという時代背景があったからこそでしょう。

しかし、現代の探偵達だって『先生』と一度ぐらい呼ばれてみたい人がいるかもしれませんので、そんな人は独立開業し、弟子に小林君みたいな純真な子供を雇って『今日からぼくのことを先生と呼びなさい』とビシっと言ってあげれば、面白半分で呼んでくれる可能性はあるかもしれませんね。