浮気・不倫の末に~日本一有名な不倫殺人事件~

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浮気・不倫の末に~日本一有名な不倫殺人事件~ - 2015.06.14(日)

不倫の末に失う物の大きさを知らずに、何度も不倫を繰り返してしまうような人も居ます。

しかし、もしも不倫の末に自分の子供が殺されてしまうとしたら?
それでも、貴方は不倫が出来るでしょうか?

日野OL不倫放火殺人事件

事件が発生したのは、1993年の12月14日。
東京都日野市である放火殺人事件が起き、その家に住む幼児2名が犠牲となる悲しい事件が発生しました。

この事件の捜査上に浮かんだのは、あるエリート会社員の女性のIでしたが、この女性は亡くなった二名の女児の父親と不倫関係にあったのです。

不倫関係の始まり

二人の子供を失った父親Sは電気メーカーのシステム開発部で、不倫関係にあったIはその元部下でした。

二人は次第に恋愛感情を持つ様になりましたが、Iは独身、Sはすでに一女が居る状態であり、互いに自らの家庭状況を理解しながら不倫関係発展したようです。

やがて、Sは自らの妻が子供を流産した事をきっかけに、ますますIとの関係を持つ様になり、二人は急速に接近。

そして、1991年の8月6日、ついにIの自宅で両者は性的関係を持つに至ります。

しかし、二人の不倫関係が発展していく最中、Sの妻が再度妊娠するという事態が訪れます。
この時、IはSの妻に対して激しい嫉妬心を抱くようになります。

Iの二度の妊娠と中絶

Iが妊娠すると、Sは「将来は必ず結婚するから、子供を中絶して欲しい」と懇願。
これをIは受け入れ、子供を中絶するに至りました。

しかし、その後Sの妻が出産期に入り実家に戻ると、SはIを自宅に招き入れ、一時的な同棲生活を始めるに至ります。

そして、Iはついに二度目の妊娠。
しかし、この時はIはいずれSと結婚して二人の子供を引き取るつもりであったため、自ら中絶を決意し、実行しています。

不倫の発覚、妻との口論

しかし、この不倫関係は長くは続きませんでした。
不倫が発覚したのは1993年5月18日。この時、妻はSに対して「離婚をして慰謝料を払うのか、不倫関係を解消するのか」と迫り、Sは不倫関係の解消を選択。

その結果、IとSの妻との間に電話での口論が発生。

この時、Sの妻がIの中絶を非難しており、これをきっかけに強い憎悪を抱くようになったといわれています。
(しかし、後のS夫妻へのインタビューによれば、Sの妻はそのような発言はしていない事を主張しています)

報復

Iの恨みの対象はSに限らず、その妻と二人の子供にまで及びました。

この原因は、Iが二階の中絶をした事と、二人の子供を産んだSの妻への嫉妬であると言われており。Iは次第にS夫婦から、この二人の子供を取り上げる事を計画しはじめます。

そして、ついに彼女は自分の妄想を現実のものに変えてしまいます。

事件当日の朝、Sは何時もの様に、妻の運転で駅まで向かいましたが、Sの行動を熟知していたIは、この時をねらってSの自宅に侵入。
侵入方法は、Sからもらっていた自宅の鍵でした。

そして、まだ自宅で寝て居た長女と長男の二人にガソリンを浴びせた後、着火。
二人の子供を殺害した炎は瞬く間に燃え広がり、Sの自宅を全焼させたあげく、隣家まで燃え広がりました。

この事件の捜査上にまっさきに上がったのがIでしたが、計画性が高く、証拠が殆ど無い事から逮捕をするきっかけがなかなかつかめずにいました。

しかしその一年後、犯行を知っていた父親の説得により、Aは自ら警察に出頭。全ての犯行を自供し、ついに逮捕される事となったのです。

その後、I被告側はSの反社会的な行為を非難し減刑を求めましたが、最高裁はこれを却下。最終判決は無期懲役となり、今もまだIは刑務所中に居ます。

まとめ

この事件では、Sの身勝手な振る舞いを非難する声も多かく、Iに同情する人も大変多くいましたが、二人の子供に放火するという破壊的な暴力行為は、当然無期懲役に値するものです。

それにしても、不倫という行為でうまれる愛憎はこのような恐ろしい結末を迎える事もるのですから、遊びのつもりで傷つけるようなら、その後に待つ結末にきっと絶える事は出来ないでしょう。